或る女の徒然

ゆるく記録

小さなわたしが泣いている

実家からかかってくる電話に、かなりの確率ですぐには出られない。

 

なにかの理由でタイミング悪く出られないのだが、その時非常にバツが悪い。

私が出なければ、次は夫の携帯に電話をかけるから、夫にも悪い気がする。それに掛け直したときになにか小言を言われそうでそれも嫌だ。

電話口に出る父や母が不機嫌そうな声に聞こえるのもなんと無く嫌だ。

 

自分が責められているように感じる。そして自分が何か悪いことをしてしまったかのように感じる。涙が出てしまう。

 

いまでも偶に、母親からの狂気めいた電話の事を思い出すと恐怖だ。電話という顔の見えないツールで、私は彼女の不機嫌、怒り、不満を全てうけとらなくてはいけない。もう、あんなことは2度とごめんだ。

だから私は自分の電話がなるのが少し怖い。

 

母との関係に私はずっと悩んできた。

母もそうかもしれない。

結婚して実家を出る事になったとき、私は心の底から嬉しかった。

これで、やっと自由になれる。

 

そう思ったのも束の間だった。

母は私に良く電話をするようになった。たわいもない事を話している間は良かったが、流石に長電話になって、付き合いきれなくなり、体良く切ると、次の電話では、ものすごく不機嫌になる。

「私がおばあちゃんにやっていることを、あんたはなんで私にやれないの」

これは衝撃的だった。

 

私はお母さんと同じ人間じゃないよ。

と言えればまだマシだったのだ。

私は泣くことしかできなかった。

 

それ以降、私は母と電話で会話するたび、ほとんど機械的に、泣くようになってしまった。

 

たがら、カウンセリングに通う事にした。

そこで分かったことは、泣いてるのは小さな子供の私だということだった。

 

小さな私が泣いているときは、自分自身が小さい私の理想の親になってあげることが大切らしい。

 

大変だったね

よく頑張ったね

大丈夫だよ

心配ないよ

どんな風になろうと、あなたのそばにいるよ

あなたを愛しているよ

 

親だって、自分だって不完全な人間だということは、大人の自分自身は分かってる。

でも、心の底に一人ぼっちでいる小さな子供の私がその言葉を欲しがっているから。

 

 

思い出したようにやってくる、小さな子供の私の淋しさを、今夜も自分自分自身で癒す。

 

大丈夫、大丈夫。

怖くない、怖くない。