或る女の徒然

ゆるく記録

スニーカーとゴルフと長女

本格的な春が近い。楽しみなような憂鬱なような、毎年やってくる季節を前に、微妙な心持ちがする。

 

花粉症なわけではない。

 

新しい環境に身を置くわけでもない。

 

ただただ、春服がないのが憂鬱なのだ。

一応社会人として季節感とちょっとの流行を取り入れているつもりだが。

正直に言ってファッションは苦手だ。

センスが無い上に、スタイルも良くない。

照明がたくさんついていて、壁も床も真っ白なレディース向けのショップなんかは、そうする必要がなければ、一番足を踏み込みたくない場所だ。

未だに春服は買えてないのだが、普段ばきしている冬用のブーツはさすがに暑くなるので、スニーカーが欲しくなった。

 

夫がアディダスのスタン・スミスとか良いんじゃないと言ってくれたので調べてみたのだが、こんな感じのだった。

 

 人気のモデルらしく、街を歩けばたくさんの人が履いているらしい。

 

が、どうしても真っ白なスニーカーが見慣れない。

靴そのものに罪は全くないのだけど、似合わない様な気がしてならない。

 

違和感があるので、街行く人たちの靴観察をしながらしばらく逡巡していた。みんなおもいおもいの靴を履いている。歳をとったからと言って派手な靴を履いてはいけないなんて決まりはない訳だし、わたしがどんなスニーカーを履こうが誰も気にするわけじゃない。

そう分かっていつつも、なお真っ白なスニーカーに即決できないのは何故なんだろう。

そもそも私はそんなスポーティーな人ではないし、学生時代から一番嫌いな科目は体育なのである。いかにもな真っ白なスニーカーは爽やかで、いかにもスポーティーじゃないか?

それに加え、わたしのゴルフシューズが真っ白だったことを思い出した。

真っ白なゴルフシューズと真っ白なスタン・スミス、なんの関連性もないけれど、ゴルフが上手くいかないスポーツ苦手な自分を嫌という程思い知らされる真っ白なスニーカーはやっぱり好きになれない。

 

結婚前に、父とゴルフの練習に行っていた頃。

スイングが上手く行っていた時期なんてほんのちょっとしかなかった。

残りの時間はひたすら自分との戦いで時には涙が出るほど辛くて苦しかった。

その感情と、スイングしながらずっと目にしてきた真っ白なゴルフシューズは繋がっていたのかもしれない。

そんなに嫌なのに、なぜゴルフを続けてきたのだろう。

もしかしたら、ただ単純に、父のためだったのかもしれない。一緒に行きさえすれば、父は喜んだ。それを見ている母親も。

わたしは良い大人になってまで、両親の機嫌を取りながら生きていた。長女って、損な生き物だとおもう。両親の「はじめて」故の不安や、「こうあるべき」を一身に背負ってしまう。顔色を伺いながら生きることを覚えてしまう。

もちろんゴルフをやっていたことで、良かったことだってある。夫と出会うきっかけをくれたのはゴルフで知り合った人だったのだし。

 

とは言え、もはや、私はもう子どもではない。自立した大人だ。私の意思で選んでいいのだ。

そんな普通のことが、まだできないことがよくある。

とにかく、誰が勧めようが白いスニーカーは選ばないことにした。

 

結局夫と試着をしまくって、ユナイテッドアローズグリーンレーベルで見つけた、ニューバランスのベージュスニーカーに決定した。

これかな?

 

些細なことかもしれないけど、自分の感情を丁寧に扱ってあげることができた様な気がする。

違和感って大事だ。