或る女の徒然

ゆるく記録

子なしと子ありの職場事情

久しぶりの更新。

 

私の妊活も初めて半年が過ぎました。

そろそろタイミング法をやめて、人工受精を受けようということに。

新しいチャレンジが始まります。

 

話しは変わりますが、私の会社にはおよそ300名くらい女性社員がいます。社員全体だと1200人くらいかな。

私自身は間接部門にいますが、現業の部門よりは間接部門の方が女性比率は高いです。

なので、自然と未婚、既婚、子あり、子なしと様々な属性の女性が入り乱れることになります。

 

基本、 子持ちの方々は急いでいます。

定時には帰らないといけないから。

 

でも時短社員の方々が帰る頃ってまだこっちはバリバリ業務中だから、彼女たちが担当してる業務関連の電話が鳴って声をかけると、

「なんですか💢」「えー」的な反応が返ってくることがたまにある。

 この間、学生さんから面談のリスケリスケお願いの電話が16時前くらいに入った。

時短社員さんの担当業務だったから、「どうします?」って声をかけた。

 

そしたら

「いま?」

「また?ありえない。断ってください!」と。

 

なんだか軽く相談したつもりだったのに、ものすごい反応が返って来て、びっくりを通り越して怖かった。

母親からものすごい剣幕で怒られたような。

あと学生さんも色々と事情があったんだろうし、リスケくらいしてあげたらいいのに。

しばらくモヤモヤしてしまった。

 

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あとからよくよく考えると、あの時点では時短社員さんに相談しないほうがよいのだ。

 

もう直ぐ帰る時間なのだし、私や課長が良いと判断したことをすればよかっただけ。

 

それは教訓として今後に活かすとしよう。

 

そんなことより私が問題だと思うことは、

「そんな学生いらない」と簡単に内々定者を否定したり、ぶった切っちゃうこと。

 

あくまで、面接を全部通ってきた学生だよ。

すこしくらいのリスケに応じてあげてもとわたしなら考える。

この会社に、合う合わないを学生だって見極めたいだろう。

だから、それに対して協力はしてあげたいとおもうのだった。

 

 

 

 

ホッとする電話もある

久しぶりに弟と話をした。

 

一緒に祖母のお見舞いに行こうという話をしていたのだが、昔話をしたり、仕事の話をしたり、なんだかんだと話題はつきない。

 

カウンセリングに1年通ったことを今日弟に初めて話した。

流石にびっくりしていた。

そりゃそうか。

 

ただ、弟と私の感覚は其れ程かけ離れてはいないらしく、やはり母の相手は疲れるよねという話になった。

 

久しぶりに弟から優しい言葉をかけてもらったような気がする。

素直に、兄弟はありがたい存在だなと思う。

 

そんな電話があったから、掛かってくる電話すべてに恐々する必要は全くないなぁと思った。

 

これもまた認知の歪みだなぁ。

色彩のある子宮

妊活をしている。

定期的にクリニックに通っているのだが、検査やら超音波やら下半身をこんなに人様に晒すことになろうとは。

10年前の私には想像もつかない今になっている。

 

子宮ってやつは、超音波だと白黒でよくわからないが子宮鏡検査をすると、途端に色彩がはいってリアルな世界に感じられる。

ピンク色の子宮は、凸凹はしていたものの、着床する場所は十分あるということだったので、ひとまず安心した。

 

それにしても、程度問題はあるにせよ婦人科系の検査は痛い。血も出るから余計ビビるし、精神的に嫌になることもある。

 

高度な顕微鏡授精なんかをするとなると「採卵」てやつが待っているわけで。

子宮鏡検査だけでもこんなに痛いのに、採卵とか…私大丈夫なんだろうか。

子どもを授かるって、ほんとにほんとに、大変なことだったんだね。

小さなわたしが泣いている

実家からかかってくる電話に、かなりの確率ですぐには出られない。

 

なにかの理由でタイミング悪く出られないのだが、その時非常にバツが悪い。

私が出なければ、次は夫の携帯に電話をかけるから、夫にも悪い気がする。それに掛け直したときになにか小言を言われそうでそれも嫌だ。

電話口に出る父や母が不機嫌そうな声に聞こえるのもなんと無く嫌だ。

 

自分が責められているように感じる。そして自分が何か悪いことをしてしまったかのように感じる。涙が出てしまう。

 

いまでも偶に、母親からの狂気めいた電話の事を思い出すと恐怖だ。電話という顔の見えないツールで、私は彼女の不機嫌、怒り、不満を全てうけとらなくてはいけない。もう、あんなことは2度とごめんだ。

だから私は自分の電話がなるのが少し怖い。

 

母との関係に私はずっと悩んできた。

母もそうかもしれない。

結婚して実家を出る事になったとき、私は心の底から嬉しかった。

これで、やっと自由になれる。

 

そう思ったのも束の間だった。

母は私に良く電話をするようになった。たわいもない事を話している間は良かったが、流石に長電話になって、付き合いきれなくなり、体良く切ると、次の電話では、ものすごく不機嫌になる。

「私がおばあちゃんにやっていることを、あんたはなんで私にやれないの」

これは衝撃的だった。

 

私はお母さんと同じ人間じゃないよ。

と言えればまだマシだったのだ。

私は泣くことしかできなかった。

 

それ以降、私は母と電話で会話するたび、ほとんど機械的に、泣くようになってしまった。

 

たがら、カウンセリングに通う事にした。

そこで分かったことは、泣いてるのは小さな子供の私だということだった。

 

小さな私が泣いているときは、自分自身が小さい私の理想の親になってあげることが大切らしい。

 

大変だったね

よく頑張ったね

大丈夫だよ

心配ないよ

どんな風になろうと、あなたのそばにいるよ

あなたを愛しているよ

 

親だって、自分だって不完全な人間だということは、大人の自分自身は分かってる。

でも、心の底に一人ぼっちでいる小さな子供の私がその言葉を欲しがっているから。

 

 

思い出したようにやってくる、小さな子供の私の淋しさを、今夜も自分自分自身で癒す。

 

大丈夫、大丈夫。

怖くない、怖くない。

 

 

 

スニーカーとゴルフと長女

本格的な春が近い。楽しみなような憂鬱なような、毎年やってくる季節を前に、微妙な心持ちがする。

 

花粉症なわけではない。

 

新しい環境に身を置くわけでもない。

 

ただただ、春服がないのが憂鬱なのだ。

一応社会人として季節感とちょっとの流行を取り入れているつもりだが。

正直に言ってファッションは苦手だ。

センスが無い上に、スタイルも良くない。

照明がたくさんついていて、壁も床も真っ白なレディース向けのショップなんかは、そうする必要がなければ、一番足を踏み込みたくない場所だ。

未だに春服は買えてないのだが、普段ばきしている冬用のブーツはさすがに暑くなるので、スニーカーが欲しくなった。

 

夫がアディダスのスタン・スミスとか良いんじゃないと言ってくれたので調べてみたのだが、こんな感じのだった。

 

 人気のモデルらしく、街を歩けばたくさんの人が履いているらしい。

 

が、どうしても真っ白なスニーカーが見慣れない。

靴そのものに罪は全くないのだけど、似合わない様な気がしてならない。

 

違和感があるので、街行く人たちの靴観察をしながらしばらく逡巡していた。みんなおもいおもいの靴を履いている。歳をとったからと言って派手な靴を履いてはいけないなんて決まりはない訳だし、わたしがどんなスニーカーを履こうが誰も気にするわけじゃない。

そう分かっていつつも、なお真っ白なスニーカーに即決できないのは何故なんだろう。

そもそも私はそんなスポーティーな人ではないし、学生時代から一番嫌いな科目は体育なのである。いかにもな真っ白なスニーカーは爽やかで、いかにもスポーティーじゃないか?

それに加え、わたしのゴルフシューズが真っ白だったことを思い出した。

真っ白なゴルフシューズと真っ白なスタン・スミス、なんの関連性もないけれど、ゴルフが上手くいかないスポーツ苦手な自分を嫌という程思い知らされる真っ白なスニーカーはやっぱり好きになれない。

 

結婚前に、父とゴルフの練習に行っていた頃。

スイングが上手く行っていた時期なんてほんのちょっとしかなかった。

残りの時間はひたすら自分との戦いで時には涙が出るほど辛くて苦しかった。

その感情と、スイングしながらずっと目にしてきた真っ白なゴルフシューズは繋がっていたのかもしれない。

そんなに嫌なのに、なぜゴルフを続けてきたのだろう。

もしかしたら、ただ単純に、父のためだったのかもしれない。一緒に行きさえすれば、父は喜んだ。それを見ている母親も。

わたしは良い大人になってまで、両親の機嫌を取りながら生きていた。長女って、損な生き物だとおもう。両親の「はじめて」故の不安や、「こうあるべき」を一身に背負ってしまう。顔色を伺いながら生きることを覚えてしまう。

もちろんゴルフをやっていたことで、良かったことだってある。夫と出会うきっかけをくれたのはゴルフで知り合った人だったのだし。

 

とは言え、もはや、私はもう子どもではない。自立した大人だ。私の意思で選んでいいのだ。

そんな普通のことが、まだできないことがよくある。

とにかく、誰が勧めようが白いスニーカーは選ばないことにした。

 

結局夫と試着をしまくって、ユナイテッドアローズグリーンレーベルで見つけた、ニューバランスのベージュスニーカーに決定した。

これかな?

 

些細なことかもしれないけど、自分の感情を丁寧に扱ってあげることができた様な気がする。

違和感って大事だ。

夫のいない一週間

年末から三月まで、夫は隔週で某地方都市に出張に出なくてはならなくなった。

既に12月、1月とおおよそ4週出張がおわって折り返した感じである。

「ダンナは元気で外がいい」的な思想はもちろん分かるのだが、本当に正直な話、私としては非常に寂しい。

 

一番大変なのは夫自身だろう。

自宅のベッド以上に安心して眠れる場所なんてそうそうないのは、私も出張を重ねているから嫌というほど理解できる。

なるべくうまく過ごせるホテルを探すことは夫にとって最近の大きなテーマらしい。

 

東京にひとり残る私は、表面的には無難に一週間をやり過ごすことになる。

いつものように起きて、シャワーを浴びて出勤し、仕事をして、家に帰り、食事をし、眠る。

この、本当に単調な日々の繰り返しをひとりでやり過ごすということが、自分でも意外なほど、キツく感じられた。

結婚するまで、私は実家で殆どの時間を家族と過ごし、結婚してからは同じ会社に勤めている夫がいて、実質「一人暮らし」をしないで生きてきた。

最近になってようやく実家とも距離をおいて一人で日々を過ごすことに、ある意味トライしていることになる。

でもやっぱり普段いる人が突然いなくなると、その、不在がより一層強度を増してしまう。

話しかける相手がいない。一緒に食事もできない。触れない。匂いもしない。そこにはいない。

いくらLINEが便利でも、切り取り線みたいなもので縁取られた不在は埋められない。

 

自然と、人間はいつか死ぬ、なんてことを思うこともある。

夫の方が年上だし、男性の方が平均寿命が短い。私が生き残り、彼がこの世からいなくなるとき、切り取り線の不在ですらなくなってしまう。

 

そんなことを夜一人で考え、悲しくなって涙しながら眠ることも、正直ある。

 

今日は木曜日。

あと一晩耐えれば、夫は帰る。

不在に耐える練習は捗るけれど、生きてる限りは暖かさを共有したい。

 

 

 

 

 

 

 

カレーショップの話

うちの近所に子犬みたいな名前のカレーショップがある。決してチェーンでなく、恐らく古くからこの商店街で店を営んでいるんだとおもう。

ビルの二階にその店はある。店に続く細い階段は白いタイル張りで、壁にはメニューのパネルが貼り付けられている。

古くからあるのだろうなというのは、例えば店のドアノブが取れちゃってるところから分かったりする。入る時は引き戸なので取っ手は不可欠。そこに確かに存在するのだが、帰る時は押し戸なのでドアノブが取れて無くても全く困ることはない。

喫煙席のソファは赤いベロア張りで、年季がはいっているかのような雰囲気を醸すが、そこまでボロボロということは全くなく、清潔感があった。店のおよそ半分の木の椅子の方が、所々剥げてしまって心地よい古さを醸している。

 

私がこの店に初めて来たのは旦那とともにこの街に引っ越して来て間もない頃のように思う。

正確には忘れてしまったが、窓際の禁煙席に座ったような気がする。

窓側は、商店街の街並み人通りが二階から見下ろせ、なかなか良い席だ。あちらから老夫婦がゆっくりとあるいてくる。こちらからは、ジャンパー姿の男性が乗った自転車がスピードをおとしながらすーっとやって来る。何かの楽器をもった学生らしい女性やサラリーマン、スーパーの袋からネギの頭をのぞかせた主婦、その右手には3歳くらいの男の子。そんなありふれた人々の行き交う流れを何と無く上から眺めるにはもってこいなのであった。

カレーはとても美味しい。しかしそれにもまして、安さが大きな魅力だ。店の名前のついたカレーセットはサラダとコーヒーがついて630円だし、ミニサイズなら530円。 

トッピングをつけたければそれも良い。

もっと食べたければスパゲティ(決してパスタとは呼ばない)をつけることもできる。

カレーだから、食事が提供されるのも早い。

 

店には漫画本も結構置いてある。少年〜青年マンガばかりだが、カレーを食べたあとはコーヒーをすすりながら、マンガを読むという贅沢も、ひっそり用意されている。男性客たちはこのあたり堪らないみたいである。

 

ある年の瀬、大掃除の合間にお腹が空いて二進も三進もいかず、この店に旦那と来たことがある。ちょうどその年はDavid Bowieが亡くなった年で、私にとっては大きくはないが小さくもない穴が空いた感じのする時だった。

そんな時にこの店でカレーをたべていたら、StarmanやUnder Pressureが流れてきた。Bowie以外にもQueen、Three Dog nightなんかがかかっていた。ずっと聴いていたくなる。もはや根っこがはえて大掃除どころではない。美味しいコーヒーもあるし。

クラシックでも歌謡曲でもJpopでもない、70〜80年代のこのゾーンが心地よいのだ。

 

 そういったわけで、カレーライスが美味しく食べられるのはその店の佇まいと言うか在り方というか、そんなものたちも多分に影響している。きっと、またすぐ行くでしょう。